眼を見つめて50年
報告:第235回(15-10)済生会新潟第二病院眼科勉強会 藤井 青
【目の愛護デー記念講演会 2015】
「眼を見つめて50年ー素晴らしい眼科学の進歩と医療現場における問題を顧みる」
講師:藤井 青(ふじい眼科)
日時:平成27年10月14日(水)16:30 ~ 18:00
場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
http://andonoburo.net/on/4107
講演要約
演者が眼科医となって約50年になるが、この間の眼科学の進歩には誠に目覚ましいものがあった。医療現場にも新しい検査法、検査機器が導入され、多くの疾患概念が塗り替えられた。当然のことながら治療法も変わった。処置や手術法も日進月歩の変遷で、眼科医療は所謂「レッドアイクリニック」から「ホワイトアイクリニック」へと一変した。しかし、この素晴らしい医学の進歩が現実の医療に本当に生かされているのか? 過去を顧みながら日常的な問題について、いくつか振り返ってみた。
今回の研究会の参会者は眼科医療従事者でなく一般の方だったので、まず現在の眼科医療の実態を過去と比較しながら説明、その後、医療現場でよく遭遇する眼科医療の問題について検討した。徒然なるままに、さまざまな話に脱線しながらの講演であったが、日常的に経験する点眼薬治療における問題点を中心に以下に要約する。
薬剤が病巣部に効率良く到達し、関係のない組織には行かないというのが薬物療法のポイントである。全身投与では薬剤は主に血液を介して病巣部へ運ばれるが、全身への副作用が懸念されるだけでなく、眼内には血液に対するいくつかの関門があるので効率が悪い。眼疾患では点眼が薬物療法の基本となる。50年前には想像できなかったほど多くの点眼薬が開発され、様々な病変に対応できるようになった。しかし、実 際に適切に使用され、治療効果が得られているのであろうか?という疑問がある。
1)処方した点眼薬の使用量(残薬)のチェックが必要!
結膜嚢の中に入る液量はたかだか30?。点眼瓶の形状や材質にもよるが、ここからの1滴は約50?とされるので、点眼量は1滴で十分ということになる。
点眼液量を増やしても眼外へあふれ出るか、涙液と同様に、瞬目によって涙点から涙嚢、鼻涙管、鼻腔へと排出されてしまう。点眼量を増やしても効果が期待できないだけでなく、鼻腔などからの吸収による全身への副作用が強まる危険がある。点眼薬がすぐなくなるという人にはきちんと点眼方法を指導する必要がある。一方、残量の多い人も少なくない。点眼忘れもあるが、極端に結膜嚢に近づけて点眼するために、 一度結膜嚢に入った薬液を点眼瓶のスポイト作用で再吸引して、薬剤が汚染されている場合があるので注意したい。
処方後の経過日数からして残薬があるとは思えないのに薬が無くなりそうで再来したという人もいる。少なくとも開封して1ヵ月以上経過した点眼薬は捨てるように指導したい。
2)点眼薬の性質、効能効果と副作用の観点から点眼方法を再考する!
①薬剤ごとに異なる点眼回数
点眼薬の濃度は、一般に眼内の最高濃度が最少有効濃度の5~6倍程度になるように設定されているが、最少有効濃度までに低下する時間は、薬剤と作用すべき眼組織によってそれぞれ異なる。そのため1日の点眼回数は薬剤ごとに異なっている。1日2回しか点眼できない事情のある人には、1日4回用の薬を2回点眼するよりは1日2回点眼でよい薬剤を選択すべきである。
アドヒアランスの問題もあり、点眼回数の少い薬が増加、配合剤の開発も進んでいることは喜ばしいことではあるが、点眼回数の少ない薬の中には水に溶けにくく吸収されにくいものがあるので、他剤との点眼間隔や順序に対する配慮が必要である。
②多剤点眼の場合の点眼順序
水溶性点眼薬同士であれば、より効果を期待したい薬を最後に点眼する。水溶性点眼薬と懸濁性点眼液であれば水溶性を先に点眼する。懸濁性点眼液やゲル化する点眼液は最後に点眼する。
③点眼後両閉瞼、涙嚢部圧迫、2剤以上点眼では5分間隔を間けるという方法が本当にベストか?
点眼薬が2種類、時に3種類以上処方されることがある。点眼直後にかなりの量の薬が涙嚢に吸い込まれ、さらに点眼の刺激で涙が出て結膜嚢内の薬物濃度は急激に薄まる。点眼直後に50%程度に減少するが3分後でも?%程度は残っているといわれている。結膜嚢内に未だ残っている薬剤を次の点眼薬で洗い出さないために5分位間隔を開ける必要がある。
全身への副作用の懸念される点眼薬では、薬の効果を高め、副作用を減らすためには、薬が涙嚢に吸い込まれないように工夫する必要がある。これには点眼直後に両眼を閉瞼し、眼と鼻の間の涙嚢の上を指で押さえる方法が推奨されている。演者もβ遮断点眼薬の全身性副作用の回避のため、この方法を追試したことがある。そして、この方法の有効性は確認できたが、同時に、患者自身に行ってもらった経験では、涙嚢部が正確に同定できないために指の動きで涙嚢にポンプ作用が起こり逆効果となるという不確実性も体験している(s遮断剤チモプトール点眼の全身への影響と対策?特に点眼方法について?,眼臨,1198ー1201,1984)。現在、演者自身は両眼の閉瞼のみを指示している。
3)緑内障の点眼薬治療における問題点
・リズモン TG、チモプトールXE、ミケランLA、エイゾプトなど、水に溶けにくく吸収されにくい薬剤の点眼の留意事項は前項で述べた通りであるが、通常は単剤投与されるので問題ない。
・点眼方法に於ける一般的留意点も前項で述べた通りである。
・問題点は、現在第一選択として評価されているプロスタグランジン関連製剤の点眼方法である。
特に調剤薬局(特にまじめなスタッフの多い薬局)における点眼指導が時に問題になる。眼圧下降の得られない患者にどのように点眼しているか聞き直すと、点眼後まもなく風呂に入り顔を洗っているという人が結構いる。薬局などでかなり強調して説明を受けている例もあるようである。青い目で肌も白い人種と違って日本人ではさほど強調すべき副作用であろうか? 治療の目的を理解して本末転倒にならないような説明を期待したい。
一方、本剤の無効例があることが知られているためか簡単に他系列の薬剤に切り替えられことも少なくない。しかし、緑内障の治療は一生続く治療である。有力な治療薬を簡単に無効として切り捨ててよいものであろうか? もしかしたら点眼方法が不適切であったということはないか? 再検討する必要を強調したい。
4)薬の名前がわからない(・・・色の薬がほしい)
・患者さんにとって薬の名前を正確に記憶することは至難なことではないか? 一番多いのが青色の薬 が無くなったというような色による情報だが、瓶の色であったり袋の色であったり、キャップの色で あったり、掴みどころがない。我々としては一日4回点眼の薬? 2回の薬? などの質問で絞ってさらに写真や実物を見せて確認するしかないが、後発薬品が際限なく増加するとお手上げになる。
5)後発医薬品とはなにか? 日本の眼科医療における問題点
・日本の後発薬品と欧米のジェネリック医薬品とは異質なものである。欧米のジェネリックは主成分だけでなく添加物なども先発薬剤と全く同じものだが、日本は主成分が同じであれば同じ薬と認めているものである。
・前述した緑内障治療薬の原点ともいえるプロスタグランジン(商品名:キサラタン)を例示する。日本緑内障学会の調査結果では後発薬品が23種類もあった。国の方針にそって今後更に後発薬品の増加が予測されるが、名前も異なれば容器(色)も全く異なる後発薬品による現場での混乱は想像を絶するものがある。
@後発薬品:日本緑内障学会の調査結果
http://www.ryokunaisho.jp/infomation/data/eyewash_ver3.31.pdf
6)薬の販売申請(適応、薬価、など)
有用でも薬が眼科の適応がない薬。保険採用されても適応が狭い薬。高額で眼科医療を圧迫する薬。
薬剤の製品化、薬価などは製薬、販売会社の経営方針が先行し、ユーザー(医療機関)のニーズにはなかなか答えてくれない現実がある。先発メーカーや後発メーカーで競い合うのではなく、患者のためにどのようにするのが良いか、営利だけでなく、医療の原点に立ち返って検討してほしいと願っている。
略歴
1970年 新潟大学大学院医学研究科修了後、新潟大学文部教官医学部(医学博士)
1973年 新潟市民病院に転任。眼科部長、地域医療部長、診療部長を歴任。
2004年 新潟市民病院定年退職。新潟医療技術専門学校視能訓練士科教授就任。
にいつ眼科名誉院長、新潟県眼科医会会長として地域医療に係る。
現在は、新潟市江南区ふじい眼科名誉院長、新発田市今井眼科医院顧問
後記
長い間、新潟市民病院の眼科部長を務められ、新潟県眼科医会会長も歴任された藤井青(ふじい しげる)先生が、眼科医としての50年を振り返り、眼科の疾患の診断と治療の歴史を、問題点も含め丁寧に解説して下さいました。70枚を超えるスライドを駆使し、体験してきた約50年間の眼科医療を振り返りながら、素晴らしいこの眼科学の進歩をいかに眼科医療の現場に生かすべきかについてお聞きした貴重な講演でした。いつもながら、豊富な知識と奥深い思慮に感服致しました。
藤井先生には益々お元気でお過ごし下さい。そして、我々後輩のご指導ご鞭撻をお願い致します。