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街歩きを通して考える社会の視覚障害者観と当事者の心理

報告:第235回(15-09)済生会新潟第二病院眼科勉強会 清水美知子

演題:街歩きを通して考える社会の視覚障害者観と当事者の心理
講師:清水美知子(フリーランスの歩行訓練士)
日時:平成27年9月9日(水)16:30~18:00
場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
http://andonoburo.net/on/4065

講演要約

 視覚障害がある人の歩行訓練は人々が活動している実環境で行われることに大きな特徴がある。そこで訓練士は視覚障害がある人と街の人、そして双方のインターラクションを観察する。
 南雲(2002)は、障害によってもたらされる心の苦しみには、自分の中から生じるものと、自分と社会の関係から生じるものがあり、前者の苦しみを軽減するためには新たな自分を知り受け入れる「自己受容」が、後者のためには社会が障害者を受け入れる「社会受容」が必要であるとしている。

 私は「街を歩く」ことがこの二つの受容を進めるのに役立つと考えている。視覚障害がある人は、街を歩く自分と自分に対する街の人の態度を観察することを通して自分を再形成する。一方、街の人は視覚障害がある人を見たり言葉を交わしたりすることで、各々の障害者観を形成していく。

「街を歩く」ことは、街の人々(社会)に対して自分をさらけ出すこと(Coming-out)でもある。視覚障害を隠すには、動かなければよい。視覚障害のある人が座って前を見ているだけでは、その人の視覚障害を疑わせる手がかりを見つけるのは難しいが、その人が立ち上がり一歩足を前に踏み出せば、視覚障害の存在を隠すのは難しい。つまり視覚障害のある人にとって街に出ることは、否応のない自己開示なのである。

 街には、見返すことのできない視線、予測できない態度の人々が待ち受けている。そのような好奇な眼の中へ足を踏み出すのは、自分が思っている以上に心の強さが要る。視覚障害によって自尊心が傷つき自信を失っている状況にある人にとっては、さらにその負担は大きい。障害を負った後、自分自身を再形成する段階では、自分を周囲にどう見せようか迷っている状態のため、外には出たいが、自己開示はしたくないという気持 ちになる。足元が見えにくく歩くのに不安を抱えながらも、あたかも眼は悪くないかのように振る舞いがちである。そのため、外出中、白杖を出したり、場所や状況によって折りたたんで鞄の中にしまったりしながら歩く人もいる。社会に対する自己開示のハードルは決して低いものではない。今回の勉強会に参加した盲導犬使用者のひとりが「盲導犬と出かけたら度胸が決まり、乗り越えられないでいた垣根を越えられた」「杖は折りたためるけど、盲導犬は折りたためない」と語ったが、それはこのような状況での話だろう。

 対人関係における自己開示、コミュニケーション、気づき、自己理解などを説明するのに、「ジョハリの窓」というモデルがある。そのモデルでは自分を「公開された領域」「隠された領域」「自分は気づいていないが他人には見られている領域」「自分には他人にもわからない領域」の4つの領域に分けている。障害を負うとそれまで認識していた自己概念や自尊心が壊れ、それを再認識しないと新たな自分を形成できない。自分がよくわからない段階では解放された領域が小さい。例えば、今自分が外を歩いたらどのように歩くか、見えなくなって家から出てない人にはわからない。街に出て自分の歩く姿を人に見せ、見た人のリアクションを受け止めることは、自分自身を知るプロセスとして大切である。そしてそれは同時に街の人の意識を変えることにも役立つ。

 講演後、視覚障害のある参加者(盲導犬使用者5人、白杖使用者1人)に街を歩いているときに経験したことについて質問した。多くの回答は街の人から受けた親切で優しい応対についてであった。そこで、あえて嫌な思いをしたことや辛かった経験についても聞かせてもらった。以下はその一部である。

・突然、汚い言葉や罵声を浴びせられた
・「俺がお前を襲ったら、この犬(盲導犬)はどうする?」と脅された
・帰路、付きまとわれたので、遠回りをして家に帰った。
・「他のお客さんに迷惑なので」とコンビニや飲食店で入店を拒否された
・「見えない者は外を歩くな、見えないのになぜ外を歩く」と言われた
 そのほか、遠慮のない好奇心から質問された、上からの物言いをされた、無視された、避けられた等の経験談が挙げられた。

 一般に障害がある人に対する街の人の態度を決める要因には、知識、接触経験、能力観、価値観、ステレオタイプ、相手の態度などがあるといわれる。当事者の数少ない体験談、テレビ番組で紹介される「がんばる障害者」などが、個々の街の人が時折視覚障害のある人と遭遇したときに示す態度に影響を与えているのであろう。社会の障害者への態度は一朝一夕に変わるものではなく、法で規制できるものではない。街の中での一期一会が、社会の障害観を形成するひとつの要因として機能するものと思われる。

 今回の勉強会で、視覚障害のある人から、移動支援、買物介助、代筆代読、通院介助等、福祉サービスが濃くなることで、視覚障害のある人と街の人との直接的な交流が少なくなってきているのではないかと心配する発言があった。視覚障害のある人の多くは高齢で、加齢に伴う身体機能や認知機能の低下を考えると、同行援護従業者、ホームヘルパーなど福祉専門職との外出機会が増えていると思われる。外出のための支援が、一方では街の人との間の垣根となる側面があることを、サービスを提供する側も利用する側も共にしっかり認識しておく必要がある。

参考資料

・南雲直二(大田仁史監修):リハビリテーション心理学入門−人間性の回復をめざして. 荘道社. 2002
・清水美知子:「Coming-out, 自分になる」、済生会新潟第二病院眼科勉強会. 2002年8
・ジョハリの窓:https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョハリの窓

略歴

1979年~2002年
視覚障害者更生訓練施設に勤務、その後在宅視覚障害者の訪問訓練事業に関わる
1988年~
新潟市社会事業協会「信楽園病院」にて、視覚障害リハビリテーション外来担当
2002年~
フリーランスの歩行訓練士

参考までに

カミング・アウトに関する清水先生の過去の講演録を、以下に記します。
●報告:第76回(2002‐9月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会 清水美知子
日時:2002年9月11日(水)16:00~17:30
場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
演題:「Coming out --人目にさらす」
講師:清水美知子 (信楽園病院視覚障害リハビリ外来担当)
http://andonoburo.net/on/4023

●報告:第87回済生会新潟第二病院眼科勉強会 清水美知子
日時:2003年8月20日(水) 16:30~18:00
場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
演題:「Coming-out Part 2 家族、身近な無理解者」
演者:清水美知子(歩行訓練士)
http://andonoburo.net/on/4030

後記

 清水先生は、障害者の目線でお話の出来る方です。「NBM(Narrative-based Medicine;物語と対話による医療)」とか、「社会受容」ということを最初に教えて頂いたのが清水美知子先生でした。
 当院で開催する講演会や勉強会には清水先生を、ほぼ毎年をお呼びしていますが、先生の講演の日は、いつも多くの視覚障害者の方が出席します。どうしてなのか不思議でしたが、答えが判りました。今回の勉強会に、こんな感想が届きました。「清水先生のお話を聞くと『あるある』とか『そうそう』とか『そうなのよ』とうなづくことばかりで、どうしてそんなに分かるのかなあといつも不思議にさえ思います。でもだからこそ、この人は私達、視覚障碍者のことが分かる人、と安心して心が開けるので人気なのでしょう」。

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