報告:第193回(12‐03月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会    演題:「音楽療法で何ができるのだろうかー高齢者支援の現場からー」    講師:松田 美穂 (社会福祉法人 ジェロントピア新潟)     日時:平成24年3月14日(水)16:30 〜 18:00      場所:済生会新潟第二病院 眼科外来                       【講演要約】 はじめに  特別養護老人ホームジェロントピア新潟は平成18年12月に創立し、今年で6年目を 迎える。施設の中庭には角田山の麓から運んだ八重の枝垂桜があり、毎年見事な花を 咲かせている。年を重ねた方々にとって桜は特別な花であり、施設のどこからでも眺 めることができる。今は亡き父が「人生の完成期に必要なのは、自然と芸術と宗教 (哲学)だ」と言っていたのを桜の花を見る度によく思い出す。お年寄りが過ごす施設 だからこそ自然が感じられ、芸術の香りのする運営を心がけてきた。  施設の中心には新潟の誇る宮田亮平氏(現東京芸術大学学長)の波に飛び跳ねるイル カがある。桜が満開の時はイルカを通して桜が眺められ、そのコラボレーションは見 事である。先生のイルカはたたくと海の音がし、優れた芸術作品は人を癒す力になる と実感している。  そして筆者を日々成長させてくれていると感じている音楽。音楽によってライフ ワークとも自負できる音楽療法に巡り合うことができた。これまでの2000回を超える 実践から認知機能と口腔機能の維持・向上に向けての音楽療法を取り上げたい。 1. 認知機能の維持・向上に向けての音楽療法  長年の研究の結果、認知症の初期に特に低下しやすい認知機能が明らかになってき た。この機能を重点的に鍛える認知症予防事業が、東京都や長野県で先駆的に行われ ている。  矢富直美(2005)は認知症予防プログラムの必要条件として、その活動が高齢者の嗜 好に合い、なおかつ認知機能{ (1)注意力 (2)言語流暢性 (3)思考力(計画力) (4)エ ピソード記憶 (5)視空間認知 }を刺激する要素があれば理想的だと述べている。  音楽療法ではこの5つの機能を刺激し鍛えるためのプログラムを実践している。 (1) 注意力 + (5) 視空間認知 → 手話歌唱、楽器演奏  毎月「季節の歌」を参加者と相談して決め、歌いながら曲にふさわしい手振りを同 時に行なっている。これは本式の手話ではなくことばに適した手の動き(あて振り) で、歌いながら手指を動かすことで、脳の中枢の広い範囲の神経細胞を効率よく活性 化させることができる。楽器演奏も同じことで、同時に二つ以上のことを集中して行 うためには注意力が不可欠である。加えて注意分割機能も鍛えられる。毎月「季節の 歌」はどこの施設でも歌われているはずである。この時に手振りやリズム楽器をプラ スするだけで脳のトレーニングになる。 (2) 言語流暢性 + (4) エピソード記憶  → 歌唱、短期記憶ゲーム、会話  言語流暢性向上には歌唱は最も適した活動であろう。歌唱により思い出話が語られ ることも多く、エピソード記憶を喚起することも可能である。感動的な体験を涙ぐみ ながら話す方も多い。  短期記憶ゲームは、花や動物、食べ物などを写した写真や絵などを何枚か見せて記 憶してもらい、途中に簡単な歌唱をはさみ、その後で答えてもらうというゲームであ る。答えてもらう前に邪魔(簡単な歌唱)をはさむことで、より高度な脳の活動にな る。 (3) 思考力(計画力) → プログラム計画、リクエスト、楽器選択  手話歌唱の曲目やことばに適した手の動きの提案、リクエストや楽器選択は全て思 考力(計画力)アップにつながる。  高齢者の場合は集団で実施することで人との交流が促進され、競争意識も働き、よ り効果的である。ちょっと難しいと感じ、四苦八苦している時こそ脳が生き生きと働 いている。 2. 口腔機能の維持・向上に向けての音楽療法  音楽療法の始まりはいつも言語聴覚士と共にウォーミングアップの一環として嚥下 体操を行なっている。嚥下機能の維持・向上には、舌と下あごを鍛えることが重要で ある。ここの筋肉が靱帯を介して「喉頭蓋」という蓋の働きをよくするからである。 この蓋の働きが悪くなりふさがらなくなると食べ物が気管に入ってしまい、嚥下性肺 炎の原因となる。  嚥下体操のプログラムは、  (1)深呼吸  (2)頬の運動(膨らましとすぼませる)  (3)舌の運動(上下左右に動かし、その後唇をゆっくりなめる)  (4)イーウーオーウー運動(イー、ウー、オー、ウーと長めに発音する)  (5)早口ことば  と至って簡単である。その他にも「パンダの宝物」など舌と下あごをよく動かすこ とばを発音してもらうこともある。実際に発音してみると舌と下あごが動くのがよく わかるはずである。歌唱曲については、擬音やパ行、タ行、カ行、ラ行のことばが多 く含まれている曲がよい。 おわりに−音楽の癒しを求めて−  癒しが必要なのは家族も同様である。毎月の家族会でストレスを発散させる目的で 合唱を行い、家族の歌声を録音し毎日昼食時に放送をしている。自らが歌った歌を毎 日入所者に聴いてもらうという試みは、普段生活を共にしていない家族にとっても意 味のある活動だと考えている。  また昨年より音楽を通じた地域交流事業として、障がい者支援施設である「すずら んCafe」でメンバーと組んで歌声喫茶を始めた。幸い好評で障がい者に対しての理解 と支援の輪が広がっている。  音楽療法に携わって20年以上が過ぎた。これまでの経験から人を癒すのは人と人と のふれあいであり、この人と人とをつなぐのが音楽なのだという思いを強くしてい る。今後も初心を忘れることなく、音楽で人と人との橋渡しをしていきたい。 【略歴】  桐朋学園大学ピアノ科、東京芸術大学声楽科卒業、新潟大学大学院教育学研究科、 新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科修了。  芸大オペラ「フィガロの結婚」でデビュー。数々のオペラに出演の他、「第九」、 「メサイア」、モーツアルト「レクイエム」「戴冠ミサ」等のアルトソロを務める。  平成10年医師である夫と共に介護老人保健施設「ケアポートすなやま」を開設。  現在は社会福祉法人ジェロントピア新潟理事長、特別養護老人ホーム「ジェロント ピア新潟」施設長、地域活動支援センター「すずらんクラブ」相談支援専門員。認定 音楽療法士、臨床心理士。 【後記】  とにかく楽しく拝聴しました。歌あり、手話歌唱あり、あっという間の50分でし た。音楽がそして俳句が、認知症に効果があること、間違いなしだと感じました。松 田さん自身が磨いた音楽、お父さんからの医学、お母さんからの俳句、この3つが融 合した素晴らしい活動に感激です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【ご案内】 松田美穂さんが大会長で下記大会が行われます。  日本音楽療法学会 信越北陸支部第10回学術大会 新潟大会  公開講座 「音楽療法の本質をみつめて」   日時:2012年6月17日(日)13:30〜15:30(受付開始13:00〜)   会場:朱鷺メッセ マリンホール   参加費:一般無料(要申し込み)、音楽療法学会会員1,000円  <プログラム>  *13:30〜13:50 オープニングコンサート  *13:50〜14:20 座長:松田 美穂            (日本音楽療法学会 信越北陸支部第10回学術大会 大会長)   演題「唱歌《おぼろ月夜》を作ったのは誰?」      〜様式分析による文部省唱歌の作曲者特定の可能性について〜   講師 後藤 丹 (作曲家・上越教育大学大学院教授)  *14:30〜15:20 座長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院 眼科部長)   演題:「前頭葉機能不全と神経心理ピラミッド」           講師:立神 粧子     (ピアニスト・フェリス女学院大学音楽学部および大学院音楽研究科教授)  *15:20〜15:30音とともに元気になろう!−音楽療法のデモ−  主催:日本音楽療法学会信越北陸支部 第10回大会実行委員会  大会長:松田美穂  実行委員長:加瀬夏枝    事務局長:小林和子  参加申し込み 6月10日まで  お問い合わせ:特別養護老人ホームジェロントピア新潟 松田美穂   TEL:025-379-1181 FAX:025-379-1182   メール:iruka-miho@gerontopia-niigata.com ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【済生会新潟第二病院眼科 勉強会連絡先】   950-1104 新潟市西区寺地280-7    済生会新潟第二病院眼科 安藤伸朗    phone : 025(233)6161 fax : 025(233)6220    e-mail:gankando@sweet.ocn.ne.jp